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【第168回/紀伊國屋ホール前にて】

先日、新宿の紀伊國屋ホール前で、今後の公演予定ポスターを眺める機会がありました。
そこには、6月から8月の3ヶ月間に同ホールで上演予定の計10公演のポスターが貼ってありました。

チケット代金を見るとかなり高めで、10公演の平均は6,000円を超えていました。
7,000円以上が3公演あり、最高額は9,800円でした。(最低額は3,500円。)

紀伊國屋ホールは、427席の芝居小屋です。
サントリーホールでスカラ座の引越公演を観るのではなく、東京ドームでボブ・ディランを聴くのでもありません。
新宿までの交通費や観劇後のお付き合いを考えると、「都心でお芝居を…」というのは最早贅沢品の領域です。

特に心配なのは、客の年齢層。
10代20代の若者たちで、観劇に7,000円払えるのはかなり限定的になると思います。
音楽で言うならば、ウィーンフィルを聴きに行く人だけがその文化を支えている訳ではありません。
路上で演奏する人たちや居酒屋の片隅で流しを続ける音楽家たちが世界中に沢山いて、特に大衆音楽はその文化自体を彼らが作り、今日まで受け継がれてきました。

また、芝居を創る側から考えると、役者もスタッフも、紀伊國屋公演をやって「儲けている」訳ではありません。
企画をする時、木戸銭をどうするのかは大問題なので、苦渋の決断であることは想像に難くありません。
私は、産業構造の上から本屋とCD屋が消えていくように、芝居というものが街から消えて欲しくないのです。

制作に携わるほとんどの人たちは、自分の芸を磨くことや良質な舞台を創ることには大変熱心ですが、所謂経済行為は苦手なタイプの人たちです。
悩みに悩んだ末、設定するチケット代は知らず知らず上がっていき、世の物価上昇も後押しして「9,800円」になったのだと想像します。

日頃、日本の経済を支えていらっしゃる方々への切なるお願いです。
どうか、お金の使い方を見極めてください。
人間の生活に、文化は絶対必要です。
演者の側も、もしそれらを受け取る幸運に恵まれた時は、心から感謝の意を示してください。
この好循環が保たれている地域には、真っ当な文化が育ちます。
そして、実はこの単純な繰り返しによって…本当にギリギリのところで、地球の平和が保たれている…と私は信じています。

= 2024/06/06 杜哲也 =


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