column


【第31回/クレジット】

ローンの話ではありません。
作品に表示される、名前の話です。

ジャズのスタンダード・ナンバーに、「ナルディス」という異国情緒溢れる大変素敵な曲があります。
作曲者は、マイルス・デイビス(tp)…ということになっています。
しかし、マイルス自身にはこの曲の録音がありません。
この曲を有名にしたのは、ビル・エバンス(pf)です。
マイルス・バンドに在籍していた彼は、その後、自己のトリオでこの曲を演奏し続け、何種類もの録音を残しています。
そのせいもあり、私はこの曲を聴くと正にエバンスの繊細な音世界そのものを感じ、マイルスの男らしさを感じません。
正直申して、この曲に「マイルス・デイビス作曲」というクレジットがあることに、とても違和感があります。

ビートルズの曲の多くは、作曲者名が「レノン=マッカートニー」という連名なっています。
実際、ジョンとポールが共同で作った素晴らしい作品は十分に承知していますが、中には片方の個性ばかり感じてしまう曲もあります。
「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」という名曲も、その中のひとつ。
実際、この曲の発表はビートルズ解散間際で、二人の不仲が伝えられている時です。
そんな時、共同作業なんて果たしてどこまで出来るのか、、、。
それを抜きにしても、私はこの曲にジョンのカラーをほとんど感じません。
近年、ポールの新作CDにこの曲が収録された時、作曲者名が「ポール・マッカートニー」となっていたらしく、何となくポールらしいな…と思いました。
(これには、オノ・ヨーコがクレームを付けたという報道がありましたが、ジョンが生きていたら、「そんなことどうでもいいよ。」と言う気もします、、、。)

話は代わって私自身のこと。
20代の時、ある舞台のための音楽を作曲しました。
しかし、上演当日のプログラムを見ると、その曲は私にその仕事をくれた先輩が作ったことになっていました。
数年後、別舞台のお仕事では、私の作った曲が編曲者によって大胆に変えられていましたが、不本意ながら「杜哲也作曲」となっていました。
年は巡り、40代で経験した出版のお仕事。
多忙な時、数人の共同作業で譜面を書き上げることが度々ありましたが、完成した楽譜の奥付に、まとめ役である私の名前しか書かれてなかったことがあります。
(出版社からの事前予告はありましたが、、、。)

人間の作る文化ですから、諸事情あることと思います。
最近気になるのは、ネット上の文化では、上記のようなことが一層多発しているものと容易に想像出来ること。
こんな時代だからこそ、伝えられる情報や権威を鵜呑みにせず、自分自身で対話して、自分の肌で感じるものを大切にしたい…、そんな気持ちです。

2013/03/01 杜哲也

《homeに戻る》