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【第107回/音楽家たちの“お仕事”】

私が最も頻繁に演奏のお仕事をしていた時は、(…数えてはいませんが恐らく)年間300回以上の本番をこなしていました。
お店専属のバンドとして生演奏を提供するもので、「ハコバン」と呼ばれるお仕事です。
ハコとは「箱」、つまり「お店」のことを指す言葉で、私の世代くらいまでのミュージシャンたちの多くはハコバン経験を持っています。

ハコバンは芸術的欲望を満たすお仕事ではないものの、一部の特化されたお店や良質なお客様に支えられる幸せなケースもあります。
何より、音楽家の経済面の安定を考えた時、例えばNHK受信料を取り立てる戸別訪問をするより遥かに前向きに生きられるでしょう。

似たようなものに、ブライダルプレイヤーがあります。
私はその専属として従事していたことはありませんので、このお仕事でマンネリ感を味わったことはありません。
むしろ、色々な人たちの晴れ舞台に音楽で貢献出来る喜びがありました。
ただ、繁忙期でもお仕事は週末だけですから、それだけで生活するのもなかなか困難でしょう。

40代では、楽譜出版のお仕事を相当数やらせて頂きました。
これで印象に残っているは、オーダーから締め切りまでが滅茶短いこと。
売れ筋の楽譜は、「その時」世に出さなくては意味がないのです。
例えば「だんご3兄弟」なんて、「今」刷り始めても仕方ありませんから。
そんなこともあり、大切になるのは譜面の質よりも締切日。
流通している出版物を、そんな目線で眺めてみるのも面白いものです。

私の周囲には、音楽とは全く無関係なお仕事をこなしつつ、素晴らしい活動を続けている人もいます。
また、所謂お仕事には就かず、自分のことを理解してくれる人たちからの貴重な支援を受けながら活動している人もいます。

私は、愛すべきミュージシャンの皆さんが、それぞれの方法で音を出し続ければ、世界は必ずや変わっていくに違いない…と信じています。

===============2019/07/15 杜哲也



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