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【第116回/大学でロックは学べない】
音楽を学びたい…と考えている若い人たちへ。
芸術音楽と比べると、大衆音楽は学習環境に恵まれない世界です。
歴史的に見ても、学校という枠組みからハミ出した人たちこそが、その中核を担ってきました。
しかし彼らは、学ぶことを放棄しているのではなく、むしろとても貪欲です。
ただし、決められた時間にお教室に出向いたり、教師が敷いたレールに乗ったりするのは、滅茶苦茶苦手なのです。
彼らにはやりたいことがあります。
それを実現するために学ぶ必要があれば、必死で勉強します。
その姿勢は、あたかも、敵から餌を奪い獲る野獣のようです。
大衆音楽を生み出すにあたっては、これこそが最も大切なエネルギーです。
これは教育によって備わるものではありません。
この姿勢がない人は、この世界に入るべきではありません。
昨今、音楽大学には様々なコースが用意されています。
私が高校を卒業する当時、クラシック以外の洋楽を教えてくれる大学はありませんでした。
学びたい欲求を満たしてくれない社会には、理不尽さも感じました。
でも、大学はそれで良いのです。
もし皆さんが、大学という所で音楽を学ぶ幸運に恵まれるのであれば、是非アカデミズムを学んで欲しいと思います。
社会では、バッハの音符の中にある真実を教えてくれません。
同様に、大学ではツェッペリンのパワーの源は教えられないのです。
お門違いの憧れにうつつを抜かさず、バイトしながら必死に自己実現に向かってください。
なぜなら、表現活動こそ、間違いなくこの世で最高に尊いものなのですから。
===============2020/02/04 杜哲也
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