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【第130回/音楽の捧げ物】

「音楽の捧げ物」は、62歳になるバッハが、音楽好きの王様から与えられたメロディをテーマとする様々な曲を作って、その王様に献呈した作品集です。
私がこの曲を最初に聴いたのは、高校を卒業する前後だったと思います。
友人から借りたクルト・レーデル指揮のLPをカセットテープにダビングし、そこそこの頻度で聴いていました。

トータルで50分を優に超える演奏時間は、ロックやジャズばかり聴いていた当時の私にとって幾分長い印象がありましたが、バロック特有の整った音世界に加え、チェンバロ、フルート、バイオリン…といったクラシカルな音色は飽きることのない時間を与えてくれました。

バッハ研究の第一人者、角倉一朗さんによる伝記「バッハ・人と作品」の巻末作品リストを見ると、この曲は「声楽曲」「器楽曲」のどちらにも属さない「特殊作品」として扱われています。
全部で9曲収められていますが、実はこの中に、普通の感覚で「音楽」と呼べるものは3曲しかありません。
残る6曲は、「聴くもの」というよりは「読むもの」。
献呈する際に、バッハは遊び心を発揮しています。
書かれてある音符をそのまま演奏するだけでは、作品として未完成な状態にしてあるのです。

例えば、演奏する際に、別の奏者が同時に逆方向から(譜面の最後から最初に向かって)演奏した時に曲が完成するよう書かれたものがあります。
更には、1小節遅れて演奏に加わる三人目の奏者が加わった時、やっと音楽として完成するものもあります。
「次の譜面はどうやって演奏するんだろう…」という、「謎解き」を楽しみながら演奏が進められるのです。
今、出版されている「音楽の捧げ物」は、それら「解決譜」が併記されています。

私がこの曲の「正しい聴き方」が分かったのは、出会ってから10年以上してからです。
何も知らない人が、普通の音楽として聴き惚れてしまう所が、何ともスゴイのです。

= 2021/04/10 杜哲也 =



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