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【第28回/ドノレモ唱法】

戦時中の文部省は、学校教育における音の名称について、「ドレミファソラシ」でなく「ハニホヘトイロ」で統一すべく、新指導要領の作成を急いでいました。

この時、視唱においてリズム的な障害となる、「嬰」「変」という派生音名に代わる新名称についても討議され、以下のように決まりました。
#の付く音名
C# D# E# F# G# A# B#
♭の付く音名
C♭ D♭ E♭ F♭ G♭ A♭ B♭
(ダブルシャープ、ダブルフラットについては、ここでは省略します。)

これを全国の学校に通達したのは、昭和20年6月。
つまり、その2ヵ月後には終戦を迎えることとなり、上記の音楽教育はあっけなく終わりを告げます。

今から20年くらい前のジャズライフ誌インタビューで、ピアニストの和泉宏隆さんがこの唱法について述べていました。
「自分は、最初に教えられたのがこれだったため、今でもこれで歌うのが一番しっくりくる。すべての変化音に対応出来てとても便利だ。」という内容だったと記憶しています。

世代的に、和泉さんが戦時中の音楽教育を受けているはずはないので、親世代のどなたかが彼に伝えたものと想像します。
音楽大学とは無縁の経歴の、和泉さんらしいインタビューでした。

これをヒントにしたソルフェージュ方法に、「ドノレモ唱法」というものがあります。
ジャズピアノ教育の第一人者、藤井英一さんが提唱しているもので、ドから半音ずつ上に「ドノレモミファサソヨラルシ」と歌う方法です。
派生音の名称は、冒頭に書いた昭和20年の文部省指導要領から採用されており、異名同音には区別がありません。
私にとっては、和泉宏隆さん同様「これで身に付いてしまった」ため、とても歌い易い唱法です。

一方、最近は日本でも、主にバークリー帰りの人たちのご尽力によって「トニック・ソルファ唱法(do,di,re,ri…)」が広まりつつあります。
学術的には当然そちらが正しいわけで、私自身「ドノレモ唱法」は邪道であることを十分に認識しています。
しかし、正しいことが即使い易いか…というと別問題。
特に、日本語を話す我々にとって、英語圏の唱法が果たしてどのくらい支持されるのか、今後の普及具合を見守りたい気持ちです。

音楽家にとって、ソルフェージュは目的ではなく手段。
つまり、自己のスタイルを持てばそれで十分。
「絶対音感」という音楽家の王道から外れている私にとって、音感教育の番外地にあるような「ドノレモ唱法」は、実にフィットする存在なのです。

2012/12/01 杜哲也

※今回のcolumnは、約30年前、藤井英一さんから直接お伺いした話を基に構成してあります。

参考文献
◇幼児の音楽教育/酒田冨治(共同音楽出版社)
◇移調奏/藤井英一(リズム・エコーズ)