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【第72回/“ギャラは要りません”】

この言葉に対して多くの人たちは、良いイメージがあると思います。
先月の都知事選挙でも、「無報酬で働きます…」というキャッチフレーズで立候補している人もいました。
言うならば、「正義の味方」という演出効果が狙えるでしょう。

今、東京都の最低賃金は、時給907円です。
ところがミュージシャンの仕事には、「最低賃金」なる概念はありません。
もしかすると音楽家ユニオンの皆さんが頑張っているのかもしれませんが、少なくとも私や私の周囲のミュージシャンで、そんなことを気にしながら仕事をしている人は全くいません。
オファー頂いた仕事内容とその対価が適切かどうかは、その都度、自分が判断するだけのお話。
法律で縛られる筋合いはない…という考え方です。
これは、私が音楽業界を愛する実に大きな拠り所となっています。

そんな私ですから、「正義の味方」を気取って「ギャラは要りません」と見栄を張って続けてきた仕事だってあります。
心ある50歳を超えたミュージシャンであれば、そんな仕事のひとつやふたつ、持っていることでしょう。

ところが最近、そんな「正義の味方」を気取っていると、実に困ることが分かりました。
後任に譲れない、ということです。
後を継ぐ人がいなければ、いくら有意義であっても、その仕事は社会から消えてしまい、法制化された最低賃金で守られる仕事だけが残る、索漠とした社会になります。

その仕事をノーギャラでも受けるかどうか…は、その人の置かれた状況や価値観によって大きく変わります。
ましてや、それを基準にして「正義の味方かどうか」なんて決めることは絶対に出来ません。

う~ん、となるとやっぱり、音楽を仕事として捉える限り「最低賃金の法制化」は必要…ということになるのでしょうか?

2016/08/12 杜哲也

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